近年、世界的にも発酵への注目度が高まり、伝統的な発酵食が見直される中で、鹿児島県・奄美群島に伝わる「蘇鉄味噌(ソテツ味噌/ナリミソ)」が注目を集めています。
毒を持つ植物・蘇鉄(ソテツ)の実を使い、手間をかけて安全で栄養豊かな味噌に変える――これはまさに、先人たちの知恵と技術の結晶といえるでしょう。
昔は各家庭で作られていた蘇鉄味噌(ナリミソ)ですが、現代では家庭で作られることはほとんどなく、産地直売所などで茶請け用の味噌として並ぶだけとなってしまいました。
この記事では、蘇鉄味噌(ナリミソ)とはなにか、文化的背景から伝統的な作り方まで、蘇鉄味噌(ナリミソ)をわかりやすく紹介します。
蘇鉄味噌はソテツの毒を抜き栄養を活かした発酵食品
蘇鉄(ソテツ)は、南西諸島を中心に自生する膝丈くらいの背が低い木です。昔から風よけや日除け、緑肥などとして利用されてきました。しかし実や幹には神経毒・サイカシンといった毒が含まれており、そのままでは食用にはできません。
奄美ではこの毒を持つ植物の実を丁寧に加工することで、毒を抜きデンプン源として活用する技術が発展しました。その活用法のひとつが蘇鉄味噌(ナリミソ)なのです。
ナリミソと呼ぶ理由は?
蘇鉄味噌とナリミソと異なる名前がありますが、基本的には同じものです。論文や教育資料 には「蘇鉄味噌(ナリミソ)」と併記されることが多く、地元の人の会話では「ナリミソ」だけで通じることが多いようです。
都市圏や観光客向けには、原材料がわかりやすく 「ソテツ味噌」「蘇鉄味噌」と表記されることが多くみられます。
蘇鉄味噌(ナリミソ)が生まれた背景
奄美大島は、四季を通じて温暖多湿な環境にあります。台風がよく起こる地でもあり、厳しい自然条件の中で、台風や干ばつにも強いソテツやカライモを活用した食文化ができてきました。
また、江戸時代、奄美は薩摩藩の支配下にあり、米や大豆の栽培は制限され、サトウキビの栽培が強制されていました。飢饉のときなどに役立つ育ちやすい食べ物として、ソテツの実(ナリ)が重要な役割を果たしたのです。ソテツの実には毒性があったため、食べるために毒を抜くという技術は、まさに“生きるために考えられた技術”でした。
また、ソテツは食料としてだけではなく、風よけ、虫除け、緑肥、止血剤などさまざまな使い方で、土地の生活に根ざしてきた植物なのです。
蘇鉄味噌(ナリミソ)の作り方
蘇鉄味噌(ナリミソ)の作り方は、各家庭ごとに違いがあり、麹の配分や仕込み時期などにも個性が表れます。
- ここでは、伝統的な仕込み方のひとつを紹介します。
1.ソテツの実(ナリ)を採って処理する
- 11月ごろに熟したソテツの実(ナリ)を収穫する
- 石板や小槌でソテツの実(ナリ)を割り、中の実を取り出し、水に2日間浸す(1日2回水替えし、しっかり毒を抜く)
- 水切りして、天日に干して乾燥させる
- 乾いたソテツの実(ナリ)をひいて粉末にする
2.麹を作る(ナリ麹)
- 粉末にしたソテツの実(ナリ)の粉と、蒸した米・麦・イモを混ぜる
- 6を布や毛布に包み、温かく保温する
- 1〜2日で黄色い麹の花が咲いたら、ナリ麹が完成する
3.味噌を仕込む
- 大豆を柔らかく煮て、杵でつく。地域の人達で協力して行うことが多い。
- 麹と大豆を混ぜ、塩を加える。塩は少なめに麹が多めの割合にする。
- よく混ぜて団子状に丸め、味噌甕(かめ)に仕込む
- 上に塩を厚く振り、島唐辛子を散らして蓋にする
5.味噌つき祝いをする
昔は、蘇鉄味噌(ナリミソ)作りは、地域の人たちの協力で成り立っていたため、杵つきなどを手伝ってくれた人たちに、素麺・饂飩・塩豚などを振る舞うお祝いが行われていました。
「味噌祝い」や「味噌つき祝い」と呼ばれ、地域の交流の場にもなっていました。
5.熟成させる
- 仕込みから3ヶ月程度で完成。食べる時期は個人差があり、仕込んだあとすぐに食べる人もいた
- 夏は固めに仕込み、冬は汁っぽく仕込むのが定番
- 味噌漬け(大根など)**にも利用される(ソテツの葉で干す風習あり)
奄美・種子島の多様な味噌文化
奄美・種子島では、蘇鉄味噌(ナリミソ)のほかにも、さまざまな味噌文化が根付いています。
イモ味噌
イモ味噌は、イモ(カライモ)を加えた味噌です。仕込みの時に粘りを出す、発酵をうながす、大豆不足を補うなどの目的で、イモが使われました。
麦麹味噌
麦麹味噌も、奄美大島や種子島では一般的な味噌です。米や大豆が手に入りにくい中で、味噌を作る知恵と技術が磨かれていきました。
蘇鉄味噌は“食の知恵の結晶”である
蘇鉄味噌(ナリミソ)は、毒のある植物を命の糧へと変えた“奇跡の発酵食品”といえるでしょう。その背景には、奄美・種子島という自然環境、歴史的な抑圧、そして地域の連帯があります。
蘇鉄味噌(ナリミソ)のような地域の伝統食は、単なる“グルメ”ではなく、自然と共生してきた知恵の結晶です。唯一無二の文化資産を失わないように、技術継承、商品開発などによる経済的支援など、文化をつなげていく取り組みが今求められています。