味噌や作り手の方々のストーリーをつないでいく
【MISO PEOPLE'S VOICE】
味噌人:神奈川県 加藤兵太郎商店 7代目 加藤 篤さん
聞き手:ドットミソ代表 テキサス・アユミ
ーー 本日は神奈川県にある加藤兵太郎商店(かとうひょうたろうしょうてん)の加藤篤さんにお話を伺います。
加藤篤さん(以下加藤さん) よろしくお願いいたします。神奈川県小田原市にある加藤兵太郎商店という味噌蔵の7代目、加藤篤と申します。加藤兵太郎商店は創業が1850年、今年で174年目です。私は現在40歳で、10年前にサラリーマンを辞めて戻ってきて、6年前に蔵を継いだという形になります。
ーー 私事ですが、実は私も同い年なんです。なので、若くして家業を継がれるという決意をされたことが本当にすごいなと。
加藤さん そうだったんですね。そもそも全然違う業種に就いてたので、本当に直前まで戻ってくるつもりも継ぐつもりも全くなかったんですね。色々あって継ぐと決めてからはすぐ戻ってきたので、自分でいいのかなと少しフワフワした感じでした。本当に激動の人生という感じです。
ーー 家業を継ぐと決意されたときに一番不安だったことはなんですか?
加藤さん 前職は7年半ほど勤めていたのですが、リーダーとかそういった人をまとめる役を務めたことがなかったんですよね。チームで動いていて後輩はいるんですけど、自分が上長でっていうのを経験してなかったんです。社長となり人の上に立つというところに一番不安を感じました。
ーー 社長として営業や経営など行われながら、加藤さんご自身、実際に味噌づくりを手掛けられています。
加藤さん 全従業員含めても10名程度なんです。味噌作りに関することは、仕事をしながら学んでいきましたね。それまで一切味噌作りのことなんて知らなかったので。味噌の原料に米が入ってることすらわかってなかったぐらいです。
人気商品”手の平サイズ200gの木桶味噌”
ーー 今回ご出品いただいている”いいちみそ”シリーズは手のひらサイズの200g。種類は白みそ、赤みそ、合わせ、糀つぶ、糀こし、箱根路とありますね。
加藤さん 6種類それぞれ味が違うんですが、原料がまるっきり違うとかそういったわけでもないんです。しかも全部同じ米味噌なので、全国にはいろんな味噌の種類がある中の、本当にちっちゃい枠の中に入っている6種類なんですね。
一番味が離れているのは白みそと箱根路で、全く味が違うはずなんですがどこか共通点を感じるような味わいになっています。
ーー なぜこの6種類になったのでしょうか。
加藤さん 人によって味噌は好みが全く違いますし、使うシーンや体調によっても欲しい味わいって違うんですよね。だから、今までいろんなお客様からこういう味はないの?という話があったものが少しずつ派生して、最終的にこの6種類になりました。
6種類並べるとお客様も興味を持つし面白いんですよね。味わいが似てるものがありますが、あえて減らさずに面白さとして残してます。あまりに近すぎる味わいのものはちょっと設計を変えて少しだけ味を離したりとか、微調整はしています。
ーー あえて面白さとして残す、なかなかない発想ですよね。
加藤さん 特に糀つぶと糀こし、この2種類は原料や配合が同じで、名前のとおりこしているか粒のままなのかのみの違いです。
ーー 同じ味でも、子どもやご高齢の方など、こした味噌が食べやすい方もいらっしゃいますし、加藤さんならではの視点ですね。
200gの味噌に時代のニーズを感じる
ーー 200gのかわいらしいパッケージは加藤さんの代で開発されたのでしょうか。
加藤さん これは私が戻ってくる前にあったのですが、ちゃんと売り出していなかったんですよね。試供品みたいな感じで。そのわりにすごいコストもかかるし、売ってほしいっていう声がものすごく多かったんです。
ブランディングしていく中で200gが魅力的に見えるというのがわかってきたので、200gのバランス感覚みたいなものをすごく気をつけながらデザインしたんですよね。形状をより真四角っぽく近づけて、ラベルデザインもかなりバランスに気をつけて作って、結果的にかわいくなって人気が一気に上がったという感じですね。
ーー 実際このシリーズを手に取られる方はどういう人が多いですか?
加藤さん 初見でうちの味噌を見る方はまず200gに手を取る。その後に気に入って、その上のサイズを買っていくという感じです。今はほとんどの層が、200gとかそういうちっちゃいものを求めてるんじゃないかなって個人的に思ってます。
ーー 自分たちの味噌自体がいいから売れるという発想で語られることが多い中で、時代に合っているから売れるという加藤さんの言葉は、新しい気づきになりました。
木桶で仕込む旨味成分があふれる味噌
加藤さん うちの味噌は全部木桶で発酵熟成をさせています。それが理由なのかはわからないんですけども、旨味がすごく強いなというのは他社さんのと食べ比べても何となく感じます。
ーー 旨味が強いのに、毎日食べても飽きないです!
加藤さん 木桶の内側をみてみると”チロシン”という旨味成分でびっしりコーティングされてるんですね。チロシンは味噌が発生させる成分です。チロシンは削れて落ちてしまうんですけど、木桶に味噌を仕込んで発酵熟成させると、そこにまたびっしり張り付いているんです。それぐらい、うま味成分であるチロシンを精製してるというのが、うちの味噌が旨味の強い味噌だっていう証明になるのかなと思います。
ーー 人それぞれ感じ方があるんですが、いいちみそはいわゆる麹の割合が多くて甘旨というのではなく、とにかくコクがあって旨いという印象です。
蔵の中に線路がある日本唯一の蔵
ーー 加藤兵太郎商店では、他にも他の味噌蔵にはない特徴があって、なんと蔵の中に線路があるんですよね。
加藤さん 全国でうちだけなんじゃないかなと。うちは木桶をトロッコの上に乗せてあって、そのトロッコを利用して木桶をそれぞれ定位置に持っていったり移動してるんですね。
木桶の移動は人力なので味噌が入ってると2t以上になり、非常に大変な力仕事になるんです。男2人で木桶を日々運んで移動してます。
ーー 木桶は据え置きではなくて移動させるんですね!
加藤さん 移動させる味噌蔵は多いですよ。でも移動の仕方は一般的にはフォークリフトですよね。フォークリフトだと日々の作業で事故が起こりやすいんですよ。シビアな運転を求められて、不注意でちょっとぶつけちゃうとか。そう考えると、線路で運ぶというシステムは結構理にかなっていますよね。
ーー 木桶はなぜ動かすのでしょうか?
加藤さん 単純に作業性ですね。味噌を仕込む場所と味噌を保存する場所が離れていると移動がとても大変なので、木桶ごと移動して仕込み場所に持っていって仕込んだものを木桶に詰めます。木桶だけ移動させれば、それだけで済むので。
ーー 風当たりや日当たりとかそういったことではないんですね。
加藤さん 圧倒的9割方は作業性なんですけども、残りの1割はやっぱり温度管理ですね。蔵の中だとどうしても温かいところ寒いところって出てきてしまうので。
熟成が足りないなという味噌に関しては、温かいところに移動したり工夫ができるのが移動できるシステムのメリットです。
うちは木桶が2本ずつ入る部屋が10部屋もあって、そこで温めることも冷やすこともできるので、温度管理については微調整ができるシステムになってます。
幻になってきた製麹機械”トムゼット”
ーー 線路以外でも、製麹(せいきく)の機械も珍しいものを使われていますね。
加藤さん トムゼットという、一般の方は全然知らない機械ですけど、有識者がみるとこんなのよく残してたね!ってよく言われますね。もう日本で使っているのはうちぐらいじゃないですか。
導入当時はおそらく相当良い機械だったんですよね。せっかくいい機械を導入したんだから丁寧に使うし、いい機械だからこそ入れ替える理由があんまりないんです。今でも丁寧に使っています。
ーー 加藤さんの蔵は、味噌好きにとっては本当に見るべきところしかない宝物ばかりですね!
世の中の流れをよみ味噌の新しい価値を発信する
ーー 加藤さんは常に理路整然とお話しいただいてるようで、新しいことを面白がり挑戦される姿がとても印象的です。お仕事でこだわっていることは何でしょうか?
加藤さん 経営の面でいうと、世の中のトレンドが非常に大事だと思っています。味噌自体の機能性とか食材としての魅力っていうのは、多分ずっと変わらなくとても高いものだと思うんですけども、世の中が求めていなければ廃れていってしまうっていうのはもう間違いない、という考えがありまして。
だから、味噌も世の中のトレンドというか流れに合わせていかないといけない。常に新しいこと、何をやったら味噌の新しい価値をみんなに気づいてもらえるのかとか、そういうことを常に考えなきゃいけないなっていうのが頭にあります。
加藤さん 今のお話しが、加藤さんが私達の話をいつも柔軟に聞いてくださる理由なのかなと。
ーー ドットミソさんとかが味噌業界にはなかった活動をしている。味噌業界にいると盲目になってそういう活動ってできないんですよね。だから第三者として参入してきた人の活動をすごく興味深く見ているし、求められればとても積極的に参加したいと思っていますね。
(伝統的な味噌仕込みを続けながら新しいことに取り組む)
「味噌はこうあるべき」から抜けて味噌の未来を考える
加藤さん 味噌業界にいると、味噌はこうあるべきって言葉をすごくよく聞くんですよね。そうやってると廃れていくな、というのはすごく感じちゃいます。
ーー それは作り手の方々から出てくるような言葉ですか。
加藤さん どっちかといったら経営者ですかね。でも、作り手の人でも結構いますね。むしろ、作り手の方が言うかもしれない。経営者の方が世の中を見てるんで。
やっぱり職人って、味噌はこうあって欲しい、こういうふうに使ってほしいみたいな思いがどこかにあると思います。
ーー 加藤さんにもありますか?
加藤さん 全くないですね。そもそも味噌が好きで戻ってきたわけでもないので、味噌にこうあって欲しいって思いがないんですよね。逆に、世の中が求めてるように味噌を変化させていきたいという感覚になってます。
ーー 今後、味噌の未来で考えていくべきことはなんでしょうか。
加藤さん そろそろ味噌の消費量の減少は止まってほしいなっていうのがまずありますよね。
何で減ってるかっていうと、単純に食べるものの選択肢が増えて、昔だったら悩むことなく朝ご飯はご飯と味噌汁だというものから、パン選んだり食べない人もいますし、和食を選んでも味噌汁じゃなくてスープにしちゃったりとか。
単純に味噌の魅力が落ちたんじゃなくて、他の選択肢が増えたというふうに私は考えています。選択肢は今後も増えてくると思うので、味噌の消費量は日本国内では減ってくと思います。だから、今まで考えてこなかった味噌汁以外の使い方を味噌業界の人間は考えていかなきゃいけないですね。
「自分たちで作る小麦を使うには」ラーメン屋開業の挑戦
ーー 加藤さんの新しいチャレンジの一つとして、先日ラーメン屋さんをオープンされました。どういう経緯でこのチャレンジに至ったのでしょうか。
加藤さん つい先日、9月21日にオープンしました。オープンの構想があったのはその半年前ぐらいですね。
なんでその話になったかっていうと、1年前に農業法人を子会社に迎えて、そこではお米と大豆と、あと本当にちょっとだけ小麦を作っていました。米と大豆はうちは味噌屋なので消費できるんですが、小麦を作ってるってなるとその出口を考えたい、小麦の売り先を考えたいね、と。でも自分たちで消費する方法はない、そう考えたときに、麺だよねって。
ーー 目から鱗の発想ですね。
加藤さん 麺を作ったら味噌ラーメン作れるよねっていう、本当にシンプルな考え方を親会社とも話し合いながら実現させた形です。
ーー 一言で開業といいますが、飲食店を立ち上げるってそうそう簡単なことじゃないですよね。
小麦の生産量が間に合ってなくてまだ自家製麺ではないんですが、当然味噌は加藤兵太郎商店100%ですし、ラーメンで出してる丼物の米は全部子会社のなんかいファームというところで作ったものです。
場所は小田原駅から2、3分の近くにあります。ただ、そんなに人通りが普段多いところではないので、たまたま寄ったっていう方よりは、結構うちを目指して来てくれる方が多いですね。
「強く求めれば実現する」経験からくる思い
ーー 人生の座右の銘をお伺いできますでしょうか。
加藤さん 私の今までの人生で経験してきて強く思っているのが、大体のことは強く求めれば実現するということです。これは誰かの言葉じゃなくて、私自身が経験からずっと思っていることです。
強く思ってないと実現しないんですよね。これだけはどうにか本当に実現させたいと思ってると、時間さえかければ大体実現する。中途半端な頑張りのものはあんまり実を結ばない、それを常に意識して頑張っていますね。
ーー ラーメン屋さんという新しい挑戦を始めたばかりだとは思いますが、この次に挑戦したいことはありますか?
加藤さん 今は目の前が大変すぎてあんまり考えてないんですが、進めているものは他の企業とのコラボ商品ですね。
ありがたいことに加藤兵太郎商店という名前の知名度が地元では上がってきていることを私自身すごく感じていて。ここまで真面目にやってきたからこそ広がってきたので、真面目に作っていけばやっぱり加藤兵太郎商店の商品だねと思ってもらえると思うので。これからは新しい商品を作って、世の中に提供していきたいなと思っています。
ーー ニッポン味噌道中に起こしいただく方に一言メッセージをいただけますでしょうか?
加藤さん 北海道にうちの味噌が置かれるなんて本当に珍しくて、すごく嬉しいです。このイベントが終わったらそうないと思います。自分で言うのもなんですけど、ありがたいことに地元ではとても大事にされている味噌になりますので、ぜひ手に取っていただけたらなと思います。
ーー 蔵のお話しから新しいチャレンジまで、貴重なお話しありがとうございました!